封印されたボックス。【後編】
僕がゲームで満たしていた欲求。
やっと【後編】!あくまで自分の経験ですが、ゲームをすることで何を得ていたのか分析しました。
ゲームにハマる理由はきっと人それぞれ。
だけど、別にきっとそれはゲーム以外のものでもよくて、ゲーム以外のものに通じるものだと思う。
僕の場合抱えていた欲求は以下の三つな気がする。
①とことん自分のやりたいことをやり切りたい。
ブロック遊びだろうと、木工だろうと、ミニ四駆だろうと、剣道だろうとサッカーだろうと、全てに共通することだろう。
とにかく納得するまで一つの世界にこだわって探求する。
これが自分の世界を確立していく少年時代には必要で、僕にとってそれがワンダースワンだった。
ポイント:「広すぎない」「終わりがある」けど「オリジナル」ができる。
昔の家庭用ゲームはカセットの容量も限られているので、今ほど複雑でも広大でもない。
1本のソフトの世界観を存分に味わい、システム全体を把握し、工夫する楽しみを見出し、遊び切ることができた。
平凡な少年でも「クリアした!」「やりたいことができた!」という達成感が得られたのである。
ワンダースワンも毎月発売されるソフトが少なく、その中で目ぼしいソフトも限られていた。それが僕にとっては良かった。
娘とブロック遊びをしていて感じたのだが、
使い切れないほどの大量のパーツや、色んな形のブロックをいきなり与えられても、子どもは消化不良を起こしてしまって、嫌になってしまう。
使いきれる限られた数で、わずかな種類のブロックで遊び、
色んな工夫をして遊びきる方が面白く、達成感につながるように思う。
そして、遊びきったらパーツを増やしたり、他のおもちゃと組み合わせたりして、広げていけばいい。
そして、その結果「自分だけのオリジナル」ができる。勝敗や優劣はそこまで重要ではない。それが僕にとって楽しいゲームの条件だったのかもしれないと、今振り返って気づいた。
オンラインゲーム「アスガルド」も同じだった。
月額課金制だったので、月にお金を払いさえすればいくらでもゲームが出来、時間をかけて手に入らないもの、行けない場所というのはなかった。
少しずつ世界は拡張されていったが、巨大すぎるということはなく、把握できるレベルの情報量だった。
しかし、現在のゲームでは「課金アイテム制」や「ゲームシステムの拡張」、「アップデートによる能力の修正」など、ユーザーの欲望を無限に喚起し続け、プレイさせ続けようとする運営側の意図が見える。
特に、無料でゲームを遊べるが、自分の思い通りのことをしようとすると、次々と課金を要求されていくシステムのものがある。
これは「とことんやりたい!」と願う子供の欲求を制限し、結局欲求不満状態でダラダラゲームを続けさせられるという大変不健全な状態を招く。
こういったゲームをプレイすることは欲望を煽られ、金を搾り取られているだけで、遊んでいるとは言えない。
難しいことだけど、今の世界の小さい子の親はこの辺りを気をつけて、子供を遊ばせないといけないなと感じる。
②マイナーで、自分だけが気に入っていると思うものを最後まで追いかけたい。
これは完全に僕個人の欲求。僕は四男である。
スト2をしたら「リュウ」とか「ガイル」とかは人気があってすでに兄がプレイしているので自然と「エドモンド本田」を選ぶことになったりしたからだろうか。
自分だけが選ぶものがとにかく大事だったのだ。
三国志をやるなら「曹操」「劉備」「孫権」ではなく「袁紹」や「馬騰」。
ロイヤルブラッドをやるなら「エラン」や「レッドワルト」ではなく「リアラッハ」。
主流派じゃない方がいつのまにか魅力的に見える。
そういう嗜好をゲームプレイをも通して強化していった結果、「男だけど結婚して妻の姓になる」など、主流じゃない選択をすることにあまりためらいを持たなくなった。
不思議なものだなぁと思う。
③人と思いっきり遊びたい。ゲームしながら語りたい。
四人兄弟の中で育った僕は、 ゲームは一人でするものじゃなかった。
例えポケモンをするのでも、兄に依頼され「ミニリュウ」を30匹釣り上げ、ステータスの最も高いミニリュウを選別し55レベルまで育成して、あーだこーだ言い合う。それが楽しいのだとも気づいていた。
だからワンダースワンでは大分一人の世界に没入していたが、
やっぱり人と遊んで、語りたかった。
だからオンラインゲームで、それを思いっきりできたのが嬉しかった。
顔を見たこともない相手に、普段人に話さないようなディープな悩みを打ち明けたりする。
いやむしろ、日常生活とは切り離された存在だからこそ、話せるという部分がある。
大学1回生の時、僕はネットゲームに現実逃避し、そこで色んな友人と出会って、互いに悩みを共有し、そして現実世界にお互い戻った。
僕は確かに救われたし、自分が人の話(悩み)を聴くのが好きだということにも気づいた。
こうした経験も、キャリアカウンセラーとして今活動していることにつながっている。
ゲームばかりやっていた今、困っていること。
僕は漫画を読んだりゲームをしてばかりいる、親からみたら「もう!」と思う子供だった。きっと現在もこんなお子さんにヤキモキしていたり、これからヤキモキする方もいるだろうと思う。
しかし、とりあえず、安心して欲しい。
ゲームで得られるものもたくさんあります!
ゲームは卒業に至ります!
ある程度働き、家事をして家庭に貢献できる人間にはなります!
ただ…
学校=勉強&スポーツor創作活動等
家=ゲームのみ
となると、やはり「生活能力」や「事務処理能力」「マルチタスク」「金銭感覚」などは後回しになってしまうということ。
やっぱり僕は現在でもこのあたりは弱いです。
弱いままなので、その辺は妻や他の人を頼ることでカバーさせてもらっています💦
とりあえずこの辺で【後編】も終了です!
親になると立場が全く変わるので、ゲームとの付き合い方は難しい問題ですよね。今回書いていて思いました。
またその辺も考えて、書いていけたらいいな。